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2015/09/30

「リュパン、最後の恋」創元推理文庫の翻訳について 2

創元推理文庫を読み通しましたが、えんえん説明文を読まされている感じがして非常に疲れました。説明を盛って盛って盛って原作のままのページなんか一つもありません(主観的体感だけど、実際そうだと思う)。ルブランの文章の痕跡残ってないレベルです。だから読むのに非常に気が重かったです。創元版の翻訳者側の主張をそのまま受け取ることはできないので、記事に残しておきます。

なお、フランス語は読めませんので、原則早川書房版の翻訳を原作とします。(電子書籍を参照したのでページ数は表記していません)

まず、違和感を覚えた二箇所から。

1. コラの秘密

ココリコ(創元版ではコッコ大尉)が予審判事に話しているセリフです。コラの秘密を暴露しているのにはあきれてしまいました。

その人の名前はコラ・ド・レルヌ。さっきおっしゃっていたハリントン卿の実の令嬢にあたります。(創元P121)


他国の人間、一介の予審判事にまで不義の子だと知れわたっている女性がイギリス王室の王妃になれると思いますか。コラの出生はトップシークレットで知る人は殆どいないというのはこの話の前提になっているのではないでしょうか。

しかもココリコから話している。創元版がどういう考えか分かりませんが、原作ではあとで妨害工作ををしているとおり、ココリコは予審判事を完全に信用しているわけではない。忌憚なく話せる間柄ではないのです。(年齢だって見栄を張ります・笑)


2. 秘書の噂

違和感を感じた箇所の二点目。

「だったら、どうして、館を出たりしたのです? あれはただの脅しではありません。敵は本気です。ただ、誰があの脅迫状を書いたのかは、まだ、わかりませんが…」
と、その言葉に、コラが思いがけない反応を示した。
「それなら、オックスフォード公の秘書だと思いますわ。トニー・カーベットという名前です。わたくしは昨日、ティユール館で会ったばかりですが、いきなり馴れなれしい態度で接してきて、聞くに堪えないようなことをわたくしに言っていました。オックスフォード公の前では忠臣ぶっていますが、あれは偽善者です。偽善者で、裏切り者です。だいたい、わたくしがティユール館に滞在していることを知っている人は、まだほとんどいないのですから」(創元P130)

ここも「違う」と真っ先に思ったところです。「まだ」ほとんどいないということは「いずれ」知るひとがたくさんいることになるっていうことですよね。私コラはティユール館にいますよーって宣伝するつもりなんですか。そんなに長い間滞在するつもりなんですか。私の考えでは、コラ嬢がティユール館にいますよ(いたんですよ)と言いたい人はいます。館の持ち主ヘアフォール伯爵です。が、コラが他人が知るかどうかを気にするのはおかしいと思います。

それは脇においても、我慢ができないことがあります。べ、べつに恋愛対象としてみてるわけじゃないからっ、って各々思っている二人が、他の男からセクハラ受けてるの、ってただ言って、ただ聞いて、って何なんですか。嫌な思いをしたなら、さっさと家に帰ればいいじゃないですか。続けて滞在する意味は何なんですか。

原作はこうです。嫌な奴の名前を口にする必要なんてありません。

「あの脅迫状は重大です。誰が出したのか、わかっているのですか?」
「おそらく、オックスフォード公エドモンドの秘書でしょう。裏切り者で偽善舎で、信用ならない男です」(早川)

このあたりからああ、分かっていないんだと気づいたので、少しは気が楽になりました。


創元版は文章自体が読みにくいと思います。この内容はこのことを言っていて、この箇所はあの場所のことを差しているというようなことを調べた演習ノートにまとめた内容を本文に混ぜ込んだみたいな感じ。だから同じ内容が何度も繰り返されるし、場面場面で必要な情報の取捨選択ができてなくて読みにくいのです。

調査不足の箇所もあります。

セーヌ・マリティーム県のリールボンヌの古代劇場を復元したのは、この私なのです。(創元P104)

ルブランの生存中はセーヌ・アンフェリウール県で、セーヌ・マリティーム県になったのは1955年です。(原作は単にリールボンヌ) リールボンヌは「カリオストロ伯爵夫人」や「バール・イ・ヴァ荘」に出てくる地名。県名よりノルマンディー地方と書く方がルパンシリーズの読者には分かりやすいと思いますけど。


次の個所は、どうしてこうなっているのか分かりません。(原文が行方不明でして調査できてません…)

そして、七月十五日の夕方に、金貨を積んだ飛行機がイギリスの飛行場を飛びたつと、新聞社にはその状況を知らせる至急電報が続々と入ってきた。
《飛行機は金貨の入った袋をふたつ積んで出発し、昨晩、カレーの上空を通過した。いっぽうパリ郊外にあるル・ブルジェ飛行場では、警官や憲兵、そしてフランス銀行が雇った警備員たちが待機している》
《午後十時、飛行機は無事に飛行場に到着した。だが、すぐに乗務員が確かめてみると、金貨の入った袋はふたつとも消えていたという》(創元P65)

その日の朝、《飛行機から金貨の入った袋が消えていた》というニュースがまだ報道される前、コラがブローニュの森の散歩から帰ってくると、ヘアフォール伯爵が客間で待っていた。
「コラ、今日はどうしても貴女に聞いてほしいことがあるのです」
コラの顔を見ると、伯爵は真剣な面持ちで切りだした。(創元P66)

その日とは何日でしょう。飛行機が出発したのは7月15日だとして、昨晩とは7月14日ですか。

原作は次の通りです。

七月十六日、この事件について新たなニュースが続いた。
《昨夜、二つの袋を積んだ郵便輸送機がカレー市上空を通過したと連絡があった。
ブールジェの飛行場では、警官隊、憲兵隊、フランス銀行に雇われた警備員の配備が確認された。
十時、飛行機到着。飛行中は何のトラブルもなかった。ところが二つの袋は、機内から消えていた》(早川)

その日、コラがブローニュの散歩から帰ると、居間でヘアフォール伯爵が待っていた。伯爵は重々しい表情をしている。
「コラ、折り入って、お話ししなければならないことがあって」(早川)

7月16日の新聞報道で、7月15日に飛行機が出発したことが報道されたと解釈できます。たぶんコラが話を受けたその日とは7月16日なのでしょう。とくに意識する必要なく読めます。


フォローとして早川書房版の誤訳を直したとのことですが、こちらのブログで指摘されている箇所を確認しておきます。

Le dernier amour d'Arsene Lupin : ときどき日誌 sur NetVillage
http://netvillage.exblog.jp/21417470/

「失礼ながら、陛下、この事件は第二のアンギャン公事件とはならないでしょうね? その手の話に関わるのはごめんです。わたしは軍人であり、政治家ではありませんから。(略)」(ハヤカワ文庫P15)

ハヤカワ文庫版の「政治家」は誤りだということですが、創元推理文庫では正しく「警察官」と訳されています。

Je suis un soldat, pas un policier.(Balland、P27)

「私は軍人であって、警察官ではありません。(略)」(創元推理文庫P28)


とはいえ多少誤訳があるとしても、全体的に信用できるのは早川版だと思います。

監訳者のあとがきに、足りない部分を他の部分から持ってきた情報で補ってみると理解できるとあるけれど、他の部分を読めばわかるから書かないのでしょ。情報をどこでどう出すか、というのは大きなポイントではないですか。書かないというのも一つの選択で、すべて作者の勝手です。そこを考慮せずに足しこめばいいというのは原作のやんわりとした全否定です。

(ほかの翻訳を引き合いに出したくはないですが、殆どのリライト作品は、全体を見据えた上で必要と思う個所を作り直して原作を取捨選択していますが、「リュパン、最後の恋」は、原作がなにか発しようとするたび、その出口でゆがめられているような息苦しさを感じます。)

ルブランの原作は読者に親切ではないし、今の人には受けがよくないでしょうね。でも私が読みたいのはルブランの原作です。

モーリス・ルブラン「リュパン、最後の恋」創元推理文庫の翻訳について

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