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2010/11/06

三康図書館に行ってきた

三津木春影の本があるといいがと思ったが無かった。目録にないと無いか。代わりに(といっても全く関係ないが)、原史朗訳『大魔王』(春江堂、大正11年)があった。コナン・ドイルのホームズシリーズの翻訳なのに、モーリス・ルブラン作となっている珍品(笑)

もう一つの目的が田中早苗訳「八点鐘」。田中訳はフランス語からの翻訳ではなく、英訳版からの重訳だ。フランス語版と英訳版では若干内容が異なっていて、田中訳は他の翻訳と内容が違うのだ。この点について気づいたことはいずれまとめてみたい。


ところで、手持ちの「八点鐘(12)」の翻訳を持っていかなかった為に、比較用として保篠龍緒訳「八点鐘」も閲覧したのだが、田中訳と保篠訳では訳文が似ている箇所があった。一言一句確かめた訳ではないが、全く一緒の箇所もある。たとえば以下のような箇所だ。

ドルムヴァール氏は自分の独立仮屋キャビンへ行こうとしてトランプをやっていた連中の前を通ると、恰度ちょうど遊戯について何か争議あらそいがはじまった時なので、彼等はドルムヴァール氏を呼び止め、めいめいに卓上にひろげたふだゆびさして彼の審判を求めた。けれども彼は「厭だ厭だ」という風に手を振ってそこを通りすぎた。そして約三十ヤードの距離を歩いて行って、独立仮屋の戸をあけて、屋内なかへ姿を消した。(「海水浴場の悲劇」田中訳、博文館P165)

アンブルヴァル氏は自分の独立仮屋キャビンへ行こうとしてトランプをやっていた連中の前を通ると、恰度ちょうど遊戯について何か争議あらそいがはじまった時なので、彼等はアンブルヴァル氏を呼び止め、めいめいに卓上にひろげたふだゆびさして彼の審判を求めた。けれども彼は「厭だ厭だ」いう風に手を振ってそこを通りすぎた。そして約三十ヤードの距離を歩いて行って、独立仮屋の戸をあけて、屋内なかへ姿を消した。(「海水浴場の殺人」保篠訳、平凡社P115)

ヤード。フランスはメートル法の国だ。名前が違うのは、英訳版(ドルムヴァル)とフランス語版(ダンブルヴァル)の違い。

「八点鐘」は連作短編集なので、引用元には短編のタイトルを記載した。書誌情報は次の通り。
「八点鐘」田中早苗訳、博文館、大正13年
「八点鐘」保篠龍緒訳、平凡社、昭和5年
また、フランス語版からの翻訳として、新潮文庫を参考に使用する。
「八点鐘」堀口大學訳、新潮文庫、昭和36年、平成15年改版


次の箇所は英訳とフランス語版では明確に異なる箇所だ。

「(略)この小切手のことも證拠の一つだが、なお私は二週間前に、ブレストと巴里の間の列車の中で立ち聞きしたあなた方の密談なども、場合によっては附加える必要があると想う。(略)」(「海水浴場の悲劇」田中訳、博文館P197)

「(略)この小切手のことも證拠の一つだが、なお私は二週間前に、ブレストと巴里の間の列車の中で立ち聞きしたあなた方の密談なども、場合によっては附加える必要があると想う。(略)」(「海水浴場の殺人」保篠訳、平凡社P197)

実は、列車での立ち聞きが発端になっているのは英訳版で、フランス語版では電話の盗聴になってる。保篠訳の冒頭はフランス語版のままに訳しているから、話が食い違ってしまう。

左様そう左様。」とレニーヌ公爵も合槌を打った。「そもそも今度の旅の発端は、二週間前に食堂車の中で或る男女の密談を立聞きしたことから始まるんだから。」(「海水浴場の悲劇」田中訳、博文館P160-161)

「(略)実は先週です。私の友人の一人を驚かした電話を聞いたのですが、それが聞き捨てにならない事なのです。巴里のある家で、一人の婦人が、附近の大きな町のホテルに来ている旅客へ電話をかけました。(略)」(「海水浴場の殺人」保篠訳、平凡社P108)

参考までに、新潮文庫の訳を。

「(略)ところが先週のこと、こうした情報提供者の一人から、彼が盗聴した電話の通話の内容を知らされたのですが、それが重要なことはあなたにも分っていだけると思います。パリの或るアパートから、一人の婦人が近くの或る大都会のホテルに滞在中の紳士に電話をかけていたというのです。(略)」(「テレーズとジェルメーヌ」堀口訳、新潮文庫P107)

「(略)僕はまたこれに有力な裏付けとして、先週兄さんとあなたの間の電話の話を偶然聞き取った聞き書きを添えることもできます、隠語まじりのスペイン語を用いての会話です。(略)」(「テレーズとジェルメーヌ」堀口訳、新潮文庫P150)


内容についてはどちらも英訳版を参照したからと考えられなくもないが、訳語・訳文まで一致するとなると、訳文を流用したのではないかという疑いが出てきてしまう。その場合、保篠訳本が田中訳本を参照したのだろう。

「斧を持った女」などは、ほぼ同一ではないかという印象を受けた。「新青年」1923年2号(大正12)に保篠訳「斧を持つ女」が掲載されているけれど、訳文が同じかどうかは確認できなかった(三康図書館には「新青年」該当号の所蔵がない)。


□2010/11/24
「新青年」掲載の「斧を持つ女」を確認したところ、訳文が単行本と異なっていた。運転手の名前がアドルフなので英訳からの翻訳であることが分かる(フランス語版ではクレマン)。

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