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2010/06/18

三津木春影「大宝窟王」後篇

引用に当たって漢字と仮名遣いは現代のものに改めた。

三津木春影は「奇岩城(4)」「813(5)」とルパン対ショルメスの「金髪婦人(2-1)」を翻訳していて、「奇岩城(4)」「813(5)」は最初の邦訳と言われている。「大宝窟王」は「奇岩城(4)」の翻訳である。英語からの重訳で、固有名詞を日本風に改めているが内容は原作に沿っている。舞台もフランスだ。

さて「大宝窟王」は文体は古いけれど文章がこなれていて読みやすかった。私にとって印象深い「奇岩城」のシーンは次のように訳されている。

  『いや、彼女あれは忘れるに違いない! 忌わしい過去はキッと忘れるに違いない! 何故ならば我輩は彼女あれの為めに万事を犠牲に供してしまったじゃないか。難攻不落の聖城大宝窟というものを棄てたのもその為めじゃ。凡有あらゆる宝物と、力と、誇りをなげうったのもそのた為めじゃ……これからとても何でも犠牲にしよう……もう他の者になり度くない……ただ愛の中に住む男となって居りたい……正直な男になって……彼女あれは正直な男でなければ愛せんのだからなア……我輩だからとて正直者になれぬという訳はない……。』と言い掛けたが、また散史に向って『なア、三井谷君、我輩は君も知っての通り、多年の冒険的生涯の中には随分豪胆ごうたん放肆ほうしな愉快をも味うことが出来た、けれどもじゃ其喜悦よろこびも、あの黎子が我輩というもので満足したような眼付をしてこちらを熟視みつめる時のその我輩の喜悦よろこびに比べては殆ど言うに足らんのじゃ……そういう時の我輩の気の弱さというものはなア、まるで嬉し泣きに泣き出したいような気分がするわい……。』  散史は鉄光の声が次第に湿って来たのに驚いた。先生泣いているんだろうか? どうやら眼が潤んで来たらしい。ああ、稀代の強盗鉄光の眼の涙! 愛の涙!

ルパンのセリフがかなりじじむさいが、原作より年嵩に見積もっていたのだろう。どのみち明治ヒトケタ生まれは隠せないというところか(1974年=明治7年生まれ)。

「ただ愛の中に住む男となって居りたい」という言い回しは感動的だ。ルパンという男は愛に生きることはできるかもしれない。しかし、愛の中に居る、とどまることはおそらくはできないのだ。だから私の印象に残った。
ところでこれは英訳に沿った表現だと分かる。
Je ne veux plus etre rien... plus rien qu'un homme qui aime(原文。フランス語)
わたしはもうどんなものにもなりたくはない……人を愛することのできるまっとうな人間になれれば、それでいいんだ(岩波少年文庫「奇岩城」P374)
I don't want to be anything more--but just a man in love(英語。Mattosの訳)、


エギーユ・クルーズを見つけた場面。対句を利用したり「こうばくさいがいなき」「きつぜんがんぜんとして」などリズミカル(とくに技巧的という訳ではない)。保篠龍緒訳(新学社文庫)でのこの場面は三津木訳を下敷きにしている。

 眼下には青黒い蒼海うみがドロリとしてひろがっている。その自分の前方に当り、現在覗いている絶壁と殆ど平行に、高さ約四十間も有ろうと思われるほどの一個の大巌おおいわが浪からニュッと抜け出てそばだっている。(略)
 彼処此処に裂目さけめが有ったり、崩れ目があったりする。そういう処には必ず地面の断片が露われて、その上に雑草くさが生え落葉が積もっている。
 にも係らず、巌全体の形が如何にも巨大である、堅固である、驚くきものである、そして堂々として破壊す可からざる面魂つらだましいを備えている。それに対しては海の激浪怒涛げきろうどとうも一堪りもなく跳ね返されそうである。不朽不滅の形は壮厳偉大の相、相対して大陸を限る綿々無辺の絶壁の城塁を侮り、脚下きゃっか囲繞いにょうする広漠際涯こうばくさいがいなき大洋をあざわらって、屹然頑然きつぜんがんぜんとして聳立しょうりつするこの怪巨巌!
 思わず力を篭めた散史の爪は一躍餌食の上に飛び掛らんと身構える猛獣のように地面に喰い込んだ。そのきっと見張った両眼の視線は、巨巌の皺だらけの肌面きめを透し、皮膚をき、その真髄に迄も徹せんとしている。彼はそれへ触れたも同然である。それを認知し、それを把持はじし、それを吸収して同化溶解させてしまったがいがある……。(P148-149)


以下は前篇の訳者まえがきから。ルブランについて「感情の優雅な人」という言い回しがよい。

仏蘭西の有名な探偵小説家にモリス・ルブランという人がある。此人は本書の所謂「隼白鉄光はやしろてっこう」という同一の巨盗を主人公として、他に五六種の異なった事件を書いて居る。著者は余程感情の優雅な人と見えて、篇中には沢山の血腥い事件も出て来るが、其強盗自身には決して殺人ひとごろしせない。「おれは元来血を流す事が嫌いだ……おれは紳士強盗だ」と其主人公が揚言して居る。其くせ其内容が変化に富み、波瀾に富み、意外から意外に移り、読者をして思をめ、胸を躍らせて巻を措く能わざらしむる手腕は真にえらいものである。此点は訳者の趣味にも合って居る。予は探偵小説は翻訳して居ながらも、近来流行の凶悪無惨な、罪悪其物だけを下等な筆で描写した本は嫌いである。

三津木春影は初期にルパンシリーズを紹介した人のひとりで、しかも「奇岩城」「813」という大作を中心に紹介した貴重な翻訳者である。。


三津木春影「大宝窟王」前篇
ルパンシリーズの初期翻訳

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