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2010/04/12

ドラトル博士の誘拐事件 - 奇岩城(4)

※以下の文章は「奇岩城(4)」の内容に触れています。※


「奇岩城」においてはしばしば推理の過程が省略される。しかし細部を見過ごすことはできない。

4月23日の夜10時、パリの名外科医ドラトル博士が誘拐され、翌朝9時に診療所に連れ戻された。ドラトル博士は、自動車で4時間移動し、患者を手術したのは宿屋だと証言した。

この証言によって午前2時に患者の元に到着し、手術をしたと推定された。最長で5時まで患者の元にいることができるわけだが、午前2時というのがポイントだ。アンブリュメジーの城館で起きた火事が鎮火した時刻だからだ。城館の火事は午後11時10分に起き、午前2時に鎮火している。

パリとディエップ近郊のアンブリュメジー間の距離は大ざっぱにいうと180キロメートルぐらい。作中の他の描写によると、一味の自動車は時速70キロメートルで走ることができるから、急げば2時間半ほどで着くのである。ボートルレが、博士が公表した話はすべて無理強いされたものだと言ったように、所要時間についても偽情報だと思う。

午後10時 ドラトル医師の誘拐
午後11時10分 発砲、城館の納屋から出火
午前0時30分頃 手術開始(所要時間が最短の場合)
午前2時以前 手術終了
午前2時 城館の納屋が鎮火
午前2時以降 手術開始(偽情報)
午前9時 ドラトル医師の解放

ちょっとした時間差トリックのために4時間と証言させたのだ。ボートルレも2時以前に手術が行われたという前提で発言していると思う。

ちなみに、ドラトル医師を解放した後、手下たちは親分が偽名で暮らしていたアパルトマンに行き、証拠書類を焼き捨てた。


ところで、改めて確認していて気づいたことがある。手下は親分の容態を確認した後「容態は最悪。至急手術の用あり。国道14号にて名医送れ」という電報を打つ。

ヨウタイハサイアク。シキュウ シュジュツノヨウアリ。コクドウ一四ゴウニテ メイイオクレ。

証拠はうたがう余地がなかった。パリにいる一味が、通知を受けて、さっそく手配したのだった。その日の晩、十時に、一味はアルクの森にそってディエップにいたる国道十四号線を通って名医を送ったのだ。(略)
以上については、うたがいをはさむ余地はなかった。フォランファン刑事とともにパリから特に派遣されたガニマール警部は、ポントワーズでも、グルネイでも、前日の夜中に一台の自動車が通過した事実を確認した……ディエップ、アンブリュメジー間の道路についても同じだった。(岩波少年文庫「奇岩城」P55-56)

国道14号はパリとルーアンを結ぶ道路らしい。
Route nationale 14 (France) - Wikipedia(フランス語)
http://fr.wikipedia.org/wiki/Route_nationale_14_(France)

つまりディエップに国道14号は通っていない。パリ→ポントワーズ→グルネイ→フォルジュ→ディエップというのは国道14号より東にある直線距離の路線だ(岩波少年文庫ではフォルジュが省略されている)。ということは、手下は用心のため偽の情報を交えて電報を打ったのだと考えられる。そして「アルクの森にそってディエップにいたる国道十四号線」というのは、「ありもしない国道十四号線」「偽装はお見通し」と言うことを皮肉って言っているのではないだろうか。そして、フォルジュ→ディエップのルートはアルクの森のそばを通るのである。ルパンシリーズには皮肉めいた言い方はよくある。残念なことに額面通りに捉えられてしまうことが多いけれど(疑う余地は無かったというこのあたりの畳みかけ方も、ちょっと気をつけないといけないかなと思う)。


※以上の文章は「奇岩城(4)」の内容に触れています。※

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