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2010/01/10

ウージェーヌ・シュー「パリの秘密」とルパンシリーズ

「ルパン最後の事件(21)」でヒロインの息子ロドルフと共にヒロインを助けに行こうとするルパンが、ある人物の名前を口にする。

「よかろう」と彼は笑いながらいった。「ロドルフ君がなにをやるべきか知っているんだから、わたしはきみのいうとおりにすればいいんだよな……いけ、ロドルフ王子。」
「なぜ王子だなんていうの?」と、少年がたずねた。
「それは、ある有名な小説に、ロドルフという名前の王子が出てくるからだ。その王子はね、友を救い敵をやっつけるために、ありとあらゆる困難にぶつかるんだ。(略)」(偕成社アルセーヌ=ルパン全集「ルパン最後の事件」P142/ルパン最後の事件(21))

ロドルフ王子はロドルフ大公(prince Rodolphe)で、ウージェーヌ・シューの小説「パリの秘密」の主人公を指すのだろう。シューの作品は、残念ながら入手できる邦訳がないが、小倉孝誠「『パリの秘密』の社会史」という研究書が出ていて、詳しく紹介されている。(冒頭に「ウージェーヌ・シューとは誰か?」という一説が設けられているが、フランス文学に疎いのにロドルフ王子って誰?というところからこの本に行き着いた私は結構なレアケースだろう)

「パリの秘密」は19世紀に新聞に連載され、大変な人気を博した小説で、主人公のロドルフはドイツの大公という身分を隠してパリの下町に身を潜め、貧民を補助しながら生き別れとなった娘を捜していた。


「虎の牙(11)」でもシューの小説が言及されている。

「これでよしと。おれはユージェーヌ・シューがいうように、大悪人の目は、えぐりとってやらねばならぬとまではいわない。(略)」(創元推理文庫「虎の牙」P540/虎の牙(11))

これは「パリの秘密」で、悪役の「先生」という人物が失明させられることを指している。「『パリの秘密』の社会史」で少し触れられているけれど、アルセーヌ・ルパンはロドルフやモンテ・クリストに連なるヒーローの末裔でだと思う。


一方で「アンチ・ロドルフ」という見方もあるようだ。ロベール・ドゥルーズ「世界ミステリー百科」では次のようにかかれている。

ルブランは主人公を上流階級のなかでしか活躍させないというこで非難された。だがこのアンチ・ロドルフの彼が、庶民のなかで何をするというのだ。ルパンは庶民ではないか。抵抗し、冷やかし好きで、反乱を起こす庶民そのものである。ボワロー・ナルスジャックがこう記している。「偉大なるルパンは、もっとも強いということを、華々しく自分にも我々にも認めさせる弱者なのだ」。そのとおりである。(ローベール・ドゥルーズ「世界ミステリー百科」P50)

これにも同感。庶民と交わっては何もすることはない。ルパンシリーズは徐々に変質していき、シリーズ後半では工場で働く人々やお針子といったささやかな存在にも目を向けるが、基本は弱きものと交わる存在ではない。そこがロドルフ大公とは異なるのである。


また、シューには「パリの秘密」以外に「さまよえるユダヤ人」という作品がある。「さまよえるユダヤ人」はある新教徒の子孫が、何月何日にパリの屋敷に行くように記された謎のメダルを持っている。決められた日に屋敷に行くことができれば莫大な遺産を手にすることができるのである。この作品に言及しているのが「アルセーヌ・ルパンの帰還(A5)」だ。

ジョルジュ その男と最後に会ったのは、チベットで、半年ほど前だった。そのとき、彼はぼくに、こういったよ。きみの屋敷に昼食に伺う。三月一日の、月曜日。時刻は、一時十五分に決めようとね。
ブリザイユ いえよ、君! さまよえるユダヤ人の名は?
ジョルジュ ぼくの最良の友さ!
全員 それは、どうも!
(雑誌「EQ」1989年9月号「アルセーヌ・ルパンの帰還」長島良三訳P184-185/アルセーヌ・ルパンの帰還(A5))

ブリザイユのセリフは「Le nom du Juif errant?」なので「その“さまよえるユダヤ人”の名は?」となる。何月何日何時と刻限を決めてパリの屋敷に行くという点で、「さまよえるユダヤ人」にたとえているのである。約束を決めた人物の名前を教えろと言っているのに、遠巻きの答えだったので、「そいつはどうも(Merci!)」と返すのだ。こういう実のない掛け合いは有閑階級っぽい。

ここでは“自ら定めた刻限通りに登場するはずの謎の男”を待っているという設定自体がデュマの「モンテ・クリスト伯」の見立てになっていて、さらにデュマに影響を与えたシューの作品が登場するという流れになっている。


「さまよえるユダヤ人」との関わりで忘れてはいけないのは、ルブランの非ルパンものの小説「綱渡りのドロテ」だ。「さまよえる」で相続資格者が証として青銅のメダルを持っているように、「ドロテ」でも金のメダルを持っている者が指定された日に指定された場所に行く必要がある。「さまよえる」はメダルの持ち主が悪役に翻弄されるという筋書きが読者の興味をさそっているのに対し、「ドロテ」ではメダルの謎を解くことに主眼が置かれ、新しい物語となっている。


□参考文献
ウージェーヌ・シュー「さまよえるユダヤ人」上・下巻、小林龍雄訳、角川文庫、1951-1952年
A・デュマ「モンテ・クリスト伯」全5巻、新庄嘉章訳、講談社文庫
小倉孝誠「『パリの秘密』の社会史」新曜社、2004年
ローベール・ドゥルーズ「世界ミステリー百科 ミステリーを創った世界の作家たち」小潟昭夫監訳、JICC出版局、1992年

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コメント

「パリの秘密」の訳書は全訳と称するものを架蔵し全部読んだ筈なのですが、本が行方不明です(大汗---珍しくもない事です)。
それ以外に抄訳が出ていました。抄訳は創元社の世界ロマン全集に収載のもので時々ネットオークションにもでるようです。(価格は完全に足元を見ています)
全訳の方は、偶に古本に出るらしいのですが、価格も考え合わせるとお勧めは躊躇します。ただ、都立中央図書館には蔵書があるようです。
区立図書館などを介して申し込まれれば或いは借覧できるかも知れませんが、都立図書館から持ち出し禁止かもしれません。ご参考迄に。
http://catalog.library.metro.tokyo.jp/cgi-bin/exec_cgi/ibibdet.cgi?CGILANG=japanese&ID=TW00622191&HOLSERKEY=:::1%252b3::::&MODE2=1&NOCONT=1&SEARCHKEY=CGILANG%253djapanese%2526SORTKEY%253dsyear%2526SORTDIR%253dDESC%2526IBMODE%253d1%2526TITLE%25255fPRMKEY%25255fbib%25253d%2525a5%2525d1%2525a5%2525ea%2525a4%2525ce%2525c8%2525eb%2525cc%2525a9%2526HOLAR%25255fbib%25253d1%25252b3%2526CATTP%25255fbib%25253dTW%25252bTY%25252bZT

情報ありがとうございます。「パリの秘密」の邦訳はなかなか手に入る本ではないですね。小説の長さからも手が伸びないです。時間に余裕が出来たら…という感じでしょうか。

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