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2009/12/13

ソロモン王の裁き(その2)

※以下の文章は「ジャン=ルイの場合(12-5)」の内容に触れています。※


「ジャン=ルイの場合(12-5)」の冒頭、一人の女性が身投げをするところから話は始まる。結婚が破談になってしまったために、自殺しようとしていたのだった。結婚の相手がジャン=ルイだっだ。女性を助けたレニーヌに、女性の父は次のことを漏らす。

 さらに老人は、ほとんど聞きとれないほどに声をひそめ、他人の耳をはばかることをいうようなしぐさでつけ加えた。
「どうか急いでください。娘のそぶりを見ていると、どうも恋人にすべてを捧げてしまったらしいのです。それで人目につくような……恥をさらしてまで、生きていたくはない、ということらしいのです。」
「そのことは口にしてはいけませんよ。いってはいけないこともあるんですからね。」(偕成社アルセーヌ=ルパン全集「八点鐘」P206)

婉曲な表現だが彼女は妊娠しているのだ。原文も負けず劣らず遠回しな言い方をしている。「elle a oublie tous ses devoirs」彼女はすべての義務を忘れてしまった。結婚前の女性としての努めを忘れてしまった、つまり体を許してしまったことを言っている。これに関してはジャン=ルイが全面的に悪い。が、ルパンシリーズには前科一犯と未遂をやらかしている極悪人もいるからなあ(言うまでもなくルパンのこと)。

こういう事情があるならレニーヌの方針は決まったようなものだ。一刻も早く、相手の男を連れてくること(相愛であるならば)。もっとも、事情がなくてもも決まっている。レニーヌの使命は「女性、とりわけオルタンスが同情を寄せた女性が幸せになること」だから。

「すこし顔色がよくないですね。」
エルスバン館の庭の前で車をおりたとき、レニーヌは笑いながらオルタンスにいった。
「じつはわたし、この話を聞いてから、ひどく気持ちが重くって。若い娘が二度も自殺をはかるなんて……。どんな勇気が必要だったかと思うと……。ですから、不安で……」(偕成社アルセーヌ=ルパン全集「八点鐘」P206-207)

自殺の経緯をレニーヌと共に聞いていたことは直接書かれていないが、こうした発言によって、同席していて心を痛めていることが分かる(「聞いてから」と訳文にあるのは翻訳者が補ったもの。自殺未遂を目撃した時点でたいていの女性はおだやかではいられないだろう)。彼女の心が動いたからこそ、レニーヌは解決に奔走するのだ。レニーヌが事件を軽くとらえる発言をしているのは、彼女の気持ちを重くさせないためもあるだろう。なお、父親の最後の発言はオルタンスに聞こえていないと思う。ショックが大きすぎるから。


以上のことが、この事件の“解決”の前提だ。“解決”と括弧書きにしたのは女性の結婚については解決したものの、真相、どちらが母親かは解明されないからなのだが。なぜそうしたかはレニーヌ自身の口から一応語られるが、修復不可能な親子関係より、これから築くべき親子関係を優先したというわけである(「僕は考えます、彼は彼女に二人のしゅうとめを持たせたりはしたがらない程度に、十分彼女を愛していますよ!」(新潮文庫「八点鐘」P248)という下りにはぐうのねもでない。それはそれとしてこのあっけらかんとした語りがこの話の魅力だと私は思う。)。語られない視点もある。もし解決したとしたら、必ずどちらかが母親であり、どちらかが母親でないという結論になってしまう。選ばれなかった母親に待っているのは絶望だ。オルタンスの前で一人の母親を不幸にするわけにはいかないのである。


旧約聖書のソロモン王の逸話では、同じ部屋で子供を世話していた二人の母のうち、片方の母親が子供に死なれてしまう。その母親はもう一人の母親が眠っている隙に生きている子と交換してしまうのだ。争う二人の女を前にソロモン王は刀を持ってこいと言う。

 そこで王が言うには「刀を持ってこい」。刀が王のところにもたらされると、王は言った、
「生きてる子供を真二つにして、半分を一人の女に、残り半分をもう一人の女にくれてやれ」。
 すると生きている子の母である当の女は、その子のために心が動転するばかりになって、王に向かって叫んで言った、
「お願いでございます、王様、生きてるままのあの子をあの女にやって下さい。殺してはいけません」。
 ところがもう一人の女は「この子はわたくしのものでも、あなたのものでもないはずです。真二つにして下さい」と言った。それを見ていて、王が答えて言うには「よし、分かった。生きてるままのあの子をあの女にくれてやれ。殺してはいけない。あれが生みの母なのだ」と。(「聖書の世界」第3巻、講談社、P39)

真っ二つにせよとはまことにすさまじい。愛情より妬みよりももっと強い感情が彼女を支配している。「ジャン=ルイの場合」の下敷きにあるのは確かにソロモン王の挿話だろう。


□参考文献
モーリス・ルヴェル「夜鳥」田中早苗訳、創元推理文庫、2003年(「二人の母親」)
横溝正史「人形佐七捕物帳全集十一 鼓狂言」春陽文庫、1984年(「半分鶴之助」)
辻達也編「大岡政談 2」平凡社東洋文庫、1984年
「聖書の世界」第3巻(旧約3)、講談社、1970年
「日本大百科全書」小学館、1985年
近代デジタルライブラリー
http://kindai.ndl.go.jp/
大岡仁政録越後伝吉之伝[第2冊]下:実母継母の御詮議の事
旧約物語:中村春雨著:賢き審判


前→ソロモン王の裁き(その1)

※以上の文章は「ジャン=ルイの場合(12-5)」の内容に触れています。※

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