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2009/11/03

「奇岩城」翻訳放談(4)

※以下の文章は「奇岩城(4)」の内容に触れています。※


タイトルどおり。

講談社版は言葉の吟味が足りない。

クビヨンが目配せすると、モランと呼ばれるずんぐりしたはげ頭の部下が、ぴたりとぼくのそばにくっついた。まるで接着剤のように、てこでも離れまいという様子だ。(講談社文庫P39)

“てこでも動かない”で成句。慣用句や昔からの言い回しは「そういうもの」と割り切って使うことも大事だけれど使い方が合っていればの話。へんてこな文章にチェックは入らないのだろうか。この箇所はたとえがずれていて「てこ」を使う必要はない。改作者の基準はメインが保篠訳でサブが新潮文庫らしいが、ルパンものの翻訳といえば偕成社である私にしてみれば、何で今更そこまで引き戻されなければいけないのか、と思う。過去の翻訳は原作を日本語に写すに当たって模索した結果が古い言葉になっているのであって、古い言葉ありきだったわけではない。

それにちゃんと読もうとすると「てこ」抜きでも違和感が拭えない。「ぴたりと」はものとものに隙間がない、接着した状態が表す。しかし「そば」はどちらかといえば、ものとものがくっついていない状態をあらわすと私は思う。「てこでも離れまい」は極端だとしても「ぴたりとそばに」程度の言い回しがちょくちょくある。また問題なのがボートルレがモランという名前をいつどうやって知ったかのか分からないこと。「モランと呼ばれる」はボートルレの一人称というには変な言い方だ。「まるで接着剤のように」ってモランが接着剤といいたいわけではあるまいに日本語がつながっていない。この箇所は講談社オリジナルで、端から日本語で考えているのにこの文章。

原作を下手呼ばわりする暇に日本語を見返せばどうか。原作について言っている「登場人物の視点がばらばら」というのも変だ。登場人物はそれぞれ背景や人格が違っているのだから、視点が違って当然だ。「語りの視点が入れ替わる」とか「視点人物が複数いる」ことが言いたいらしいが、そう書くべきで意を酌み取る必要を感じない。視点が変わることは瑕疵ではない。そんなことを言いながら、講談社版は視点が統一されていないし、ボートルレの一人称になっているともいえない。(講談社版の冒頭の出来事とくに伯爵の言葉だって、ボートルレがいつどのように知ったか明記されていない。「犯人は敷地内から出ていない」といえなくなっているし、根本的に駄目。とにかく「そういうことじゃないだろう」と言うしかない。原作に尻拭いさせるのはうんざり)


言葉の吟味という点で、なかなか書く機会がなかった戯言を書いておく。邦題は「奇岩城」と「奇巌城」の2つが主流だが、辞書的な意味や正しいかどうかはおいておいて、この2つは私の中では「違う」。連想ゲームととらえてもいいのだけど、こんな感じ。岩は重ねる事ができるけれど、巌は集合になれない、単独の存在。岩は動かすことができるが、巌は不動。岩になくて巌にある、大きい、厳めしい、ごつごつしている、長い年月を経ている、etc.というイメージ。ついでに言葉の重心も「奇岩城」では城、「奇巌城」では巌と違っているように感じる。

前に講談社版の岩の塔=巌の城は同じかと書いたけど、もちろん私は論外だ。岩と巌、塔と城はもちろん違うし、「の」も違う。「巌」が存在大きすぎて「巌」と「城」の存在がほぼ等価だから、巌でできた城というより、巌がそのまま城と考えられる(「お椀の船に箸の櫂」の「の」と同じ)。私に言わせれば「奇」は奇妙な形なのではなく、読み下すとすれば「くし」とか「あやしい」だ。ときりがないけれど、こんなことを書いても不毛だと思う。人それぞれに「奇岩城」「奇巌城」像があるわけだし、原作に「奇岩城」に相当する言葉はないのだから。


さらに余談で「怪盗」と「強盗」もぜんぜん違うと思う。「強盗」「泥棒」と訳すべきを「怪盗」って訳してあると違和感がある。なぜかというと強盗や泥棒は人であり行為であり罪でだけど、怪盗はいずれも当てはまらないから。だから善悪を語るシーンで使われると変に思う。

じゃあ怪盗というのは何かというと、私は存在だと思う。存在しないというベクトルをむいた存在。怪盗の「怪」を「凄腕の」「並ではない」と解釈する人もいるかもしれないけれど、私にとって「怪盗」の「怪」は「幽霊」「正体不明の」という意味が強い。そして「怪盗」というのはどちらかというと他称、つまり自称と言うよりは誰かに呼ばれているというイメージが強い。ルパンが自ら名乗るものであれば私は「怪盗」を選択できない(「紳士強盗」のこと)。

また「怪盗」で留意すべきは、翻訳で「怪盗」と訳されているのは「強盗」「泥棒」に該当する言葉だけではなくて、「山師」に相当する言葉があること。「奇岩城」にもあるが「813」のこの箇所は分かりやすい。

有名なこの怪盗の名が、ケッセルバック氏を意外に安心させる様子だった。(新潮文庫「813」P31/813(5))

「813」でアルセーヌ・ルパンの名前が最初に出る箇所だ。用法的にはさほど違和感を感じないが、この「怪盗」は原文ではaventurier(冒険家、山師)なのである。aventurierは必ずしもプラスのイメージではない。リスクの多いところに飛び込んでいくのは博打みたいなものだから。「813」でルパンが挑むのは盗みではなくいちかばちかの大博打だ。この作品の最後でaventurierとして葬ってくれと言っているのだから、活かして欲しい。


※以上の文章は「奇岩城(4)」の内容に触れています。※

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