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2009/11/22

プチ・ショック(その2)

※以下の文章は「アルセーヌ・ルパンの逮捕(1-1)」の内容に触れています。※


さて、推理もどきを楽しむ乗客は名簿から容疑者を絞り込んでいく。

「とすると、犯人は名簿の最後のひとりであるという結論になりますね」
「ということは?」
「ロゼーヌ氏だということです。どなたか、ロゼーヌ氏をごぞんじですか?」
 みんなはだまってしまった。だが、ミス・ネリーは、彼女につきまとってぼくをいらいらさせている例の無口な青年のほうを向いて、こう言った。
「さあ、ロゼーヌさん、ご返事なさらないの?」
 みんなが彼のほうに目を向けた。彼は金髪だった。
 正直言って、ぼくはショックみたいなものを感じた。みんなは気づまりをおぼえてだまりこんでしまった。それで、みんながぼくと同じように息苦しい思いをしていることがわかった。(岩波少年文庫「怪盗ルパン」P16)

小さなショックを感じた。原文はこう。

Avouons-le, je sentis comme un petit choc au fond de moi.

ミス・ネリーを介したライバルである二人は、互いに名前を知らなかったのだ。アルセーヌ・ルパンもここで初めて知ったと思う。驚き、閃いて、意地の悪さを思い切り発揮する。(プチ・ショック(petit choc)なんかじゃなくて結構驚いたでしょ?)

ハヤカワ文庫版はロゼーヌの名前を知ってたという風にもとれる。改めて考えてみたけれど、知らなかったと解釈する方が妥当と思う。

正直言って、ぼくはいささか胸が痛んだ。気まずい沈黙があたりを包みこむ。きっとその場にいるほかのみんなも、同じような重苦しさを感じているのだろう。もっともそれは、道理に合わない話だった。青年の態度には、怪しいところなど何ひとつなかったのだから。(ハヤカワ文庫「怪盗紳士ルパン」P16-17)

最初、電信内容はルパンが関わったものなのだろうかと考えてみたけれど、電信内容を操作するのは無理がある。それに、電信が最後まで届いていたとしてもそれ相応の用意はあった。ルパンはこの偶然がなかったら動かなかっただろうし、ロゼーヌの拘束は“船長と親しい人間”の介在があってのことだと思う。ターニングポイント、キーポイントはどこで、誰がどう動いたかを見極めなければならない。この作品は親切ではないが、必要なことは書いてある。


この話は謎を解く話ではないと考えるべきなのだろう。アルセーヌ・ルパンは自分の正体を隠匿するためというよりも、女性の歓心を買うために行動している。しかし、自分の正体がばれればそれで終わり。最初から失恋するのは分かっていたことだ。最後の瞬間まで恋を楽しむ一青年でなくてはいけない。そこにどんな言葉を足しても無粋になってしまう。

「でも、できたら、ルパンが逮捕されるところを、この目で見てみたいわ!」と、彼女が女性特有の、いくぶん残酷な好奇心を見せながら言った。(岩波少年文庫「怪盗ルパン」P29)

ああ女って残酷。


この作品は第1話だけあって意味深な描写がいくつもある。

ルパンはたしかに趣味と生まれながらの天才によってぬすみをはたらいている。と同時に、たのしみのためにもやっている。まるで、自分が演出する芝居を自分でたのしみ、と同時に、自分が考えついたしゃれた台詞や場面を、舞台裏から腹をかかえて笑いながらたのしんでいる紳士。そんな感じだった。(同P23)

このタイプの話で典型的なのは「白鳥の首のエディス(6-7)」だろう。「獄中のアルセーヌ・ルパン(1-2)」や「赤い絹の肩掛け(6-5)」もこのタイプになる。私は「アルセーヌ・ルパンの逮捕(1-1)」と「奇岩城(4)」も同じタイプの話だと考えている。同じタイプと言っても違いはある。前者3つは成功譚、後者2つは失敗というより半成功譚というべきだろうか。また「獄中のアルセーヌ・ルパン(1-2)」や「白鳥の首のエディス(6-7)」の謎はルパン自身が作り出したものだが、「赤い絹の肩掛け(6-5)」は既にある謎をルパンが利用したものだ。

「アルセーヌ・ルパンの逮捕(1-1)」を取り上げようと思ったのは、「アルセーヌ・ルパンの逮捕(1-1)」と「奇岩城(4)」の構造が似ていると思ったから、なのだけれど、それを説明するのはなかなかに難しい。まず「逮捕」だけでも説明がややこしいし、「奇岩城」はもっとややこしい。ルパンが書いた台本の部分では「謎」で話を引っ張っている。「逮捕」ではアルセーヌ・ルパン、「奇岩城」ではレギーユ・クルーズという極上の謎。抗えるはずがない。しかし、ルパンが台本を書いている範囲にいない人物がいる。ガニマールとショルメスだ。空気に飲まれないでいれば見破るのは難しくないと書いたが、ガニマールは船中のいざこざとは無縁だった。「アルセーヌ・ルパンの脱獄(1-3)」では空気に飲まれてしまっている。そして不確定の要素、ルパンから行動が読めない存在、つまりヒロインがいる。こういう仕立てにしているのは、作者がアルセーヌ・ルパンという男の物語であることを大切にしているからだと思う。


余談。ポプラ社版を確認してみたところ、ダンドレジーが電報を読み上げている。それは予測の範囲内だったけど、乗船名簿が乗客に配られることになっていて仰け反った。ご丁寧にも住所や職業まで書いてあるらしい。そんな船嫌だ。


□2012/06/20
乗船名簿について。この記事を書いたときに私の頭にあったのは、船員が乗客を管理するための名簿だったけれど、実際は乗客に配布される乗客名簿があったらしい。

以下のページに1907年のプロヴァンス号(作中のプロヴァンス号のモデル)一等客室の乗客名簿がある。ほぼ名前だけの簡潔なものだ。

Listes de passagers(フランス語)
http://www.frenchlines.com/passager_index_fr.php


プチ・ショックの箇所で名前を知らなかったのではと考えたが、現在は保留。

ミス・ネリーがぼくにたずねてきたとき、ちょうどその青年も取り巻きたちのなかに加わっていた。(ハヤカワ文庫「怪盗紳士ルパン」P13)

彼はあの男が聞いているのを知りつつ言ってるいってるんだ。少なくとも彼の外見は分かるわけだし。性格悪っ(^^;;

「ミステリマガジン」2012年7月号に掲載された初出版を読んで同席していることに気づいた。あの男が同席しているかどうか翻訳によっては不明瞭で、最初この文章を書いたときは不明瞭な印象が強かった。ポプラ社版では、あの男が偶然通りがかったように書かれているので、それも混乱の元だったかもしれない。


※以上の文章は「アルセーヌ・ルパンの逮捕(1-1)」の内容に触れています。※

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