« 鉄人28号の巨大モニュメント完成式典 | トップページ | 「奇岩城」翻訳放談(3) »

2009/10/09

「奇岩城」翻訳放談(2)

※以下の文章は「奇岩城(4)」の内容に触れています。※


タイトルどおり。


講談社版は理解不能を越えて不快なレベルまで達してしまったので、もうフォローは入れないことにした。こういう記事をだらだら書かなくてはおられないのは改作者の暴言ゆえだ。とにかく企画が悪いと思うので、あえて名前は出さない。以下、注意書きのないページ数は講談社文庫「奇巌城」のものを示す。原作の翻訳としては岩波少年文庫「奇岩城」榊原晃三訳を使用する。


講談社版は初回は読めたのだが、再読しはじめた当たりから不快な要素が増していった。一つには人物造形がひどい。最初は女性キャラが受けいられなかったが、一番ひどいのはボートルレだと分かった。最悪なのが、誘拐事件からしばらくしてボートルレの父がシェルブールに戻る場面だ(原作ではサヴォワの実家に戻る)。

ほとぼりが冷めるのを待って、父はまたひそかにシェルブールの海軍兵器工場へもどり、前にもまして厳重な護衛下におかれた。まさかルパンも、もう一度父の誘拐を企てるような無謀なことはしないだろうが、万一のために警戒は続けなければならない。父もさすがに、以前と同じ過ちは犯さないはずだ。(P182-183)

私は普段こんなこと思うタイプじゃないけど…と前置きをしておいて、横っ面を張り倒したくなった。さすがに? 過ちは犯さないはずだ? 父親に対して使う言葉ではない。この数行前もひどい。

騒ぎから逃れるため、ぼくはバルメラやレイモンド嬢と一緒に、ジェーブル伯爵とスザンヌ嬢が新居を構える、ニースへ向かった。(P182)

父親無視。原作でニースに行ったのは父の静養のためなのに。誘拐前後のボートルレも不可解。

 ぼくは結局、ルパンの脅しに屈することを拒否して、最初に書いた原稿どおりの手記を新聞に掲載させたのだ。
 父の身の上は心配だったが、そのために真実を曲げることはどうしてもできず、読者の期待を裏切ることもできなかった。
 もちろんその前に、シェルブールの海軍兵器工場へ電話をして、父の安否を確認した。
 すると、古くからの知人で工場の警備主任を努めるフロベルバルが、父は今外出しているが、誘拐されたという報告はない、と請け合ってくれた。
 そのため、例の電報はルパンのはったりにすぎず、一人芝居に違いないと確信した。
 それで安心して、新聞社に掲載のOKを出してしまった、という事情もあるのだ。(P135-136)

何度読んでも意味が分からない。ルパンと会見したときに父が誘拐されたと思っているのに、散歩に出ているという回答のどこに安心できる要素があったのか。結局のところ、ボートルレは全く警戒していなかったのだ。ボートルレが警戒していないのに、又聞きである父やシェルブール側の人間が警戒するわけがない。間違っていたのはボートルレだ。なのに謝罪の言葉や労りの気持ちが全くない。それどころか、軟禁状態においたままの父に金の無心をする。そういうことが平然と書かれていて気味が悪い。信じられない行動とっているのに、一点の曇りもないみたいな書き方が(ラストシーンのボートルレも然り)。

「奇岩城」でもっとも大切なものの一つはボートルレだろう。子供向けであってみれば尚更だ。なのにこの造形は到底受け入れられるものではない。だから私はもうフォローを入れないことにした。


ボートルレが4枚のリューベンスを追跡する場面。

それから、また車を雇ってイェルビルへつながる街道を突っ走り、コードベック・アン・コーへ向かった。これからかかる経費は、国が全部持ってくれるわけだから、けちけちすることはない。
車に揺られながら、ぼくは考えを巡らした。
一味が、四点のルーベンスを車で運んだことは、間違いない。あの絵は、徒歩でかついで遠くへ運ぶには、大きすぎるからだ。(P76)

国の金なのだからけちけちするなとは税金を払ってる人間がいうならまだしも、すねかじりの人間が言うなんて同調できない。節約しないから父親に金をたかる羽目になるのだ。少年主人公ものの魅力はお金などの社会的な身分がない、力が足りない、一見勝てそうにない存在が、知恵や勇気で戦うところにありはしないか。ところが、原作では自力で移動している。

ボートルレのほうは、ド・ジェーヴル伯爵から借り受けた自転車にのった、イエルヴィル、コードベック=アン=コーへ通じる街道を走っていた。(略)
真夜中ごろ、ボートルレはラ・メユレーまでの七十二キロを走破し、川岸にある宿屋の戸口をたたいた。(岩波少年文庫P99)

70キロほどの道を自転車で目指した。大人なら2番手、3番手の手段だろう。ただ行くだけならば汽車でルーアンに戻ってから目指した方が早いので、わざわざ街道を通ったのは犯人一味の道中を確かめたかったからと考えられる。なお、72キロの部分は翻訳によって異同が激しい。原文では18リュー(里)=72キロで、アンブリュメジーからラ・メユレーへの道のりと思われる。


講談社文庫P76の引用部分は後半部分も頭が痛い内容である。それに触れる前に、原作を整理しておく。原作はリューベンスの絵の運搬についてきっちりと設定されている。一箇所にまとめられているわけではないため整理しながら読まなければならないが、決まった方向を示しながら描かれている。それは次のようなものである。

1.(証言)一味は車で立ち去った。
2.(証言)アンブリュメジーから街道沿いに走っていた車がコードベックでセーヌ川を渡った。
3.(証言)その車はオープンカーだったのに、目立つはずの4枚の絵が渡し場の職員に目撃されていない。
4.(推論)第2の自動車が用意されていて、4枚の絵は積み替えられて別の渡し場から川を渡った。
5.(証言)ラ・メユレー(別の渡し場)では自動車も、また絵を積めるような荷馬車も川は渡らなかった。荷馬車といえば、荷馬車から何かの荷物を川船に積み替えていた。
6.(推論)4枚の絵は自動車→荷馬車→川船と積み替えられてセーヌ川で運ばれた。

重要なのは、渡し場から自動車が乗った船と、絵が積まれた船は違う性質を持つということだ。前者はいわゆるフェリーで、セーヌ川を横切って対岸に人や物資を運ぶ。後者はペニッシュ(川船、平底船)と呼ばれる船で、セーヌ川を横断する船ではなく、セーヌ川を航行する船なのだ。川上や川下へ物資を運ぶこともできるし、住むことだってできる。「カリオストロ伯爵夫人(13)」でラウールとジョゼフィーヌが蜜月を過ごしたのもセーヌ川に浮かぶペニッシュだった。ルパン一味はセーヌ川をペニッシュで行き来している。このことが、後半のレギーユ・クルーズ探索に繋がっていくのである。セーヌ川は交通の動脈だという点を見過ごしてはならない。


講談社版の改作者はこの2つの船の違いを理解していないのは明らかだ。上の1~6いずれも講談社版にはなく、強盗一味の行動が不可解なものに変えられている。そして講談社文庫P76に戻るのだが、

一味が、四点のルーベンスを車で運んだことは、間違いない。あの絵は、徒歩でかついで遠くへ運ぶには、大きすぎるからだ。(P76)

1がないということは、強盗一味の行動が辿れないということなのだ。にもかかわらずどうして車を使ったのが「間違いない」のか。遠くへ行ったといつ決まったのか。遠くへいけないというなら、絵だけを近くに隠して逃走したということも不可能ではない。「間違いない」もそうだが、講談社版は所々使われている言葉がどぎつい。間違いない、違いない、はずはないetc. 「車で運んだのだろう」なら問題はないのに。最初に引用した「さすがに」や「過ち」もきつい言葉で、使い方を誤られるとうんざりしてしまう。


ちなみに、ポプラ社版の追跡シーンは次のようになっている。

イジドールは、伯爵の召使いから借りた自転車に乗ってどこかへすっとばしていった。(略)
足がいたくなるほどペダルをふみつづけて、よなかごろ、ようやく渡船場へついた。(ポプラ社文庫P76)

みてわかるとおり、地名を削っている。このほかにもポプラ社版は大量の地名を削除し、人名も省略している。その意図は理解できる。子供たちにとってなじみのないフランス語の固有名詞はカタカナ語の羅列に過ぎないからだ。省略することによってスピード感も増している。講談社版は逆に固有名詞を増やし、結果性別を取り違えたり、地理的な特質が現実にそぐわない描写になったりしている。(たとえば、上記2の証言で原作ではコードベックから渡し船が出ているが、講談社版はコードベックに渡し場がないことになっている。しかし、この時代のセーヌ川には河口のル・アーヴルと上流ルーアンとの間に橋はなく、両岸を繋ぐ大きな渡し場といえばコードベックとキユーブフだった。また、エトルタの夕日がコタンタン半島に落ちるのはおかしいのだと思うが、それ以上に、一人称の視点であるボートルレに土地勘がないのに、コタンタン半島だと認識できることがおかしい)


※以上の文章は「奇岩城(4)」の内容に触れています。※

« 鉄人28号の巨大モニュメント完成式典 | トップページ | 「奇岩城」翻訳放談(3) »

アルセーヌ・ルパン」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/54863/46436276

この記事へのトラックバック一覧です: 「奇岩城」翻訳放談(2):

« 鉄人28号の巨大モニュメント完成式典 | トップページ | 「奇岩城」翻訳放談(3) »

案内

サイト内検索
ココログ最強検索 by 暴想

アルセーヌ・ルパン

スキップ・ビート!

鉄人28号

つぶやき

無料ブログはココログ