三つの罪 - 813(5)
※以下の文章は「813(5)」「水晶の栓(7)」を中心に複数作品の内容に触れています。※
「813(5)」の第2部は「アルセーヌ・ルパンの三つの罪」と題されています。この三つの罪は、一般的に「殺人」とされていますが、もう少し細かく落とし込むと次の3つになります。
- 愛する女性を殺してしまったこと
- 無実の人間を死刑に追いやったこと
- 一人の青年を陰謀に巻き込んだ結果自殺させたこと
三つの罪に耐えられなかったルパンは生から逃避します。
しかしシリーズは続きます。「813(5)」の後に書かれた「虎の牙(11)」を読むと、ヒロインに「813(5)」のヒロインが重ねあわされている場面があり、かなり「813(5)」を意識して書かれていることが分かります。しかし「813(5)」と異なり、ルパンは愛する女性を死から救うことが出来ました。これは一つめの罪への癒しと捉えることが出来ます。
残りの罪に関しては、一見したところ言及する作品はないように見えます。しかし「水晶の栓(7)」を、無実の人間の死刑を阻止する話、一人の青年をまっとうな世界に帰す話だとすると、「813(5)」の後に書かれたわけが浮かんできます。時代設定は「813(5)」の前ですが、これもルパンの贖罪の話だと考えることが出来ます。
亡くなったもの、喪ったものに対して罪を償うことは出来ません。良心に安寧を得ようとするのならば、同等のことをして罪をあがなう他はないのです。この三つの罪に関しては、贖罪や救いが必要だったのです。作者がなぜ三つも罪を重ねさせたのかというと、並みの罪では、ルパンが誤魔化して言い逃れができてしまえるからだと思います。特に一つめのものは本当の罪人なのだから、相手が違えばそこまで良心が咎める必要なかったでしょうし、裏切られたのはルパンのほうなのです。だから一つめと、二、三つめは救済の方向が違うのだと思います。
「殺人を犯さない」ことが強調されるようになったのは「殺人」の後であることを考慮に入れなくてはならないでしょう(それまでは軽口か、実績を示すものとして出てきます)。「ルパンは人を殺さない」ということは「ルパンは人を殺す」ことと裏表にあるのです。また「水晶の栓(7)」では集団の規律としての意味も強いと思います。
この3つの作品は「虎の牙(11)」の発表が遅れたものの、執筆順(正確には初出順)では並んでいます。
「813(5)」→「ルパンの告白(6)」→「水晶の栓(7)」→「虎の牙(11)」
という順になります。「金三角(9)」「三十棺桶島(10)」は良心の側に立つものの贖罪の意味合いは見られません。メインを張っていないからというのもありますが。
ただし「813(5)」の後はどこかダークな感じで、血が流れることも少なくありません。そのうえ、悪や不正に対して容赦のなさが加わります。この寛容さを欠いたところが少し息苦しくもあります。
どこかずれのある正義と呼べる時期も「虎の牙(11)」で終わります。第一次大戦後、シリーズの仕切り直し的な作品が「カリオストロ伯爵夫人(13)」です。この作品には、いくつか象徴的な出来事があります。アルセーヌ・ルパンという名前を隠すこと。人殺しをしないこと。拳銃を持たないこと、時代から離れること。等々。シリーズ後半のルパンは、前半のルパンとはある程度切り離され、新たな道を歩くことになります。
以上はあくまでシリーズを俯瞰して各作品の立ち位置を考えたものです。これをそのまま各作品の解釈に反映できるかどうかは別な問題ですし、行動の是非を問うわけではありません。
→「アルセーヌ・ルパン」作品リスト
→ルパンシリーズ作品関係図
※以上の文章は「813(5)」「水晶の栓(7)」を中心に複数作品の内容に触れています。※
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