怪盗紳士という称号(その2) - その意味
※以下の文章は前半期の作品を中心にルパンシリーズの内容に触れています。※
では、紳士強盗(gentleman-cambrioleur)とはどういう意味なのか。cambrioleurというのはスリや路上荒らしではなく、建物に押し入って盗みを働く押し込み強盗や空き巣狙いを指す。だからこそ予告状を出したり、現場に名刺を残したりできるのだ。しかし、逆に言えば押し込み以外の場面では使えないということになる。gentlemanは英語からの借用語で、仏和辞書には「紳士」としか載っていないが、歴史のある多義の言葉である。長くなるので詳しく述べることはしない。
ここで留意したいのは、皮肉屋で嘘つきであるルパンの自称である以上、額面どおりに受け取ることは出来ないということでもある。そして、自ら名乗る以上ルパンの主張が織り込まれているはずだということである。
確かに紳士にして強盗と捉えても問題ないとは思う。「アルセーヌ・ルパンの逮捕(1-1)」で「fantaisiste gentleman」と書かれているし、紳士なのだろう(この言葉は初出にもあり。ハヤカワ文庫では「芸術家肌の紳士」と訳されている。fantaisisteは「気まぐれな」という意味もある)。しかしハイフンで繋がっている以上、まずは一語として考えたい。その取っ掛かりとなるのは、「奇岩城(4)」の例である。cの箇所は原文ではこうなっている。
Le gentleman-cambrioleur est mort, vive le gentleman-farmer!
「A est mort, vive B」というのは「国王陛下崩御、新国王万歳!(Le Roi Est Mort, Vive Le Roi!)」というのをもじったものである。このフレーズはよく使われるらしく、映画「エディット・ピアフ ~愛の賛歌~」(2007年日本公開)の中に登場する新聞記事でも「子スズメは死んだ、エディット・ピアフ万歳!」という風に使われていた。他にルパンは「金三角(9)」では種明かしの場面で使っている(AがBに摩り替わったことを言っている)。「虎の牙(11)」では「アルセーヌ一世は死んだ、フランス万歳!」なぞとのたまっている。
Le Roi est mort, vive le Roi ! - Wikipedia(フランス語)
http://fr.wikipedia.org/wiki/Le_Roi_est_mort%2C_vive_le_Roi_%21
文字通り訳すなら「紳士強盗は死んだ、紳士百姓万歳!」となるだろう。gentleman-cambrioleurは作者の造語だが、gentleman-farmerは暦とした英語からの借用語で辞書にも載っている。英語の形そのままなので英語の辞書にも載っている。(「綱渡りのドロテ」でも使われていて、創元推理文庫では「ジェントルマンの農園主」(P39)と訳されている。)
gentleman-farmer ((英語))豪農:道楽で農業経営をする名士(「小学館ロベール仏和大辞典」1988)
gentleman-farmer 1(他に財産・収入があって)趣味で農業をする人. 2(自分で労働する必要のない)豪農(「ランダムハウス英語大辞典」第2版、小学館1996)
意味を置き換えると、
- (他に財産・収入があって)趣味で強盗をする人
- (自分で労働する必要のない)大強盗
となる。ここでいう紳士とは働かなくても食っていける金持ち、盗みは金持ちの道楽というわけである。しかし残念ながら日本語の紳士に金持ちの意味合いは薄い。(イギリスの伝統的なジェントルマン階級は地代などの不労所得があった)
金は十分に持っている、金が目的ではないのだ、と言う主張は主に美術品を盗むことに現れているのかもしれない。しかしこの主張が最も効果的に使われているのは「813(5)」だ。冒頭のやりとりは緊張感があってぞくぞくする。相手はルパンの正体も目的が分からない。だから金で解決しようとするのだが、部下のマルコにこの方がお金を下さるそうだ、とかわし、目的の第一段階を踏んだあとに初めて名刺を出すのである。
私は最初に読んだ(再読)したとき、本当にルパンか?と思った。そして、名刺を出したことが逆に怪しい、とも思った。わざわざ名乗ることに何の意味があるのか。盗みは趣味だといいつつも、強盗という行為は実利を求めるものである。この肩書きを名乗っておいて、金にならないことをするわけがない。しかし強盗殺人を犯したとは聞かない。本物であれ偽者であれ、紳士強盗と名乗ることは、今までのアルセーヌ・ルパンの威を借ることである。安心といっても、どうやら命をとられることはなさそうだという程度の安心なわけで、そこをすかさず突くルパンのセリフがまたいい。
dの箇所は新潮文庫ではこうなっている。最初に読んだときやっぱりこれだと思った。この場所は紳士強盗でないと締まらない。よしんば日本語で言う紳士的の意味だとしても、この名刺を突きつけられて鵜呑みにするのは余程鈍い奴で、たいていは「自分の要求を呑む限りにおいては」という但し書きつきか、「他人にとっては(自分にとっては)少なからず紳士的ではない」という逆説的な意味で受け取るだろう。
彼はポケットから一枚の名刺を取り出し、読み上げた。
「アルセーヌ・ルパン、紳士強盗」(新潮文庫「813」P31)
原文ではこうなっている。
Et, tirant une carte de sa poche, il prononca:
- Arsene Lupin, gentleman-cambrioleur.
「Arsene Lupin, gentleman-cambrioleur」これは最初の単行本タイトルと全く同じである。のみならず、a、b、eでも同じ並びで書かれている。特別な書き方ではないようだが、意識して書かれているのだろう。名前と肩書きのバランスは重要な要素である。ではfだけハイフンの付かない、冠詞の付いた「le gentleman cambrioleur」なのは別の意味があるのかもしれない。
前→怪盗紳士という称号(その1)
次→怪盗紳士という称号(その3) - その登場
※以上の文章は前半期の作品を中心にルパンシリーズの内容に触れています。※
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