「奇岩城」探求(附録3) - 塀の高さ
※以下の文章は「奇岩城(4)」の内容に触れています。※
「奇岩城」探求(附録1)からの続き。(その6)で城館の塀の高さに言及したので、塀の高さについて考えてみる。講談社版では次のようになっている。
道に沿って、城壁のまわりをぐるりと歩いてみたが、どこにも入り口がない。かなり敷地が広いようだ。城壁の高さは三メートルほどもあり、素手で乗り越えることは不可能だった。外から見た範囲では、城の屋根はルイ十三世様式の古いもので、てっぺんに鐘楼と尖塔が載っている。さっき遠くから言えたのは、その尖塔の先だったのだ。
どうしたものかと考えているところへ、農家のおかみさんらしい女の人がふたり、牛乳桶を運んで道をやってきた。
(略)
「このお城は、なんと呼ばれているんですか」
「土地の者は、エギュイユ城と呼んでますけど」
ぼくは、背筋に電流を通されたように、飛びあがった。何げなくした質問に、驚くべき答えが返ってきたからだ!
「エギュイユ城ですって。ほんとですか」
「ぼくの様子を見て、薄い髭を生やしたもうひとりのおかみさんが、けらけら笑っていう。
「ほんとだとも。塔の先が、針みたいにとがってるのが、見えるでしょうが。それで、そうよばれてるわけさ」
後半は直接関係がないけれど、ポプラ社版から影響を受けているのだなと感じたので引用をしてみた。該当箇所のポプラ社版は(附録1)に引用してある。針のようにとがったというのはポプラ社版に限らないけれど、他にもポプラ社版を踏襲したと思われる描写がいくつかあるので、ここもそうではないかと思った。
それはさておき、原作では屋根しか見えないほど高い壁が、ここでは3メートルとなっている。3メートルは素手で登るには高いが、城館に比べれば低すぎる。ボートルレの父は3階の部屋に閉じ込められているのだから、最低でも3階建てだろう。塀から離れて見るなり、木に登るなりすれば建物の2階以上は見えるはずだ。城が屋敷の中のほうにあって見えづらいなら話は別だけど。そう思って読むと講談社版の屋根が云々というのは如何にも「とって付けた」文章に見える。(ボートルレから何が見えるのか、という視点で書かれていないように思う)
エギーユの城館は、屋根がルイ13世様式で壁がルイ・フィリップ様式と折衷されているわけではなくて、建物全体がルイ13世様式だ。それは原作にちゃんと書いてある。だから塀が低ければ、壁が見えればルイ13世様式と分かるはずなのだ。(附録1)で引用したとおり、ポプラ社版は塀の高さについて言及しないかわりに、最初からルイ13世様式の館としている。それでは“歴史のわな”が無くなってしまうけれど。
では講談社版の3メートルがどこから来たのかというと、おそらく偕成社の怪盗ルパン選集版(現在出ている全集とは違う)だろう。肝心なところはメモしていないけれど、エギーユ城館発見のシーンはこんな風である。
(略)川があり、その対岸の丘のうえに、針のようにとがった尖塔がいくつもそそり立つ、大きな城が見えた。まわりは、高い城壁でとりかこまれている。
「ははあ、あの尖塔があるので、針の城とよばれているんだな。(略)」
エギーユ城館を同じ岸ではなく、川の対岸から遠目に発見していることからも、原作とかなり異なることが分かる。蛇足ながら「尖塔がいくつも」ならAiguillesと複数形になるはずなのだが。そしてこの場所で城壁が3メートルあるから乗り越えるのは無理ですよと農婦に言われるのだ。それならそれで理解できる。本当に父が中にいるのなら、ボートルレが主人公なら、3メートルの塀くらい知力で乗り越えて欲しいと思うから。
前→「奇岩城」探求(附録2) - 誘拐のルート
次→「奇岩城」探求(附録4)
※以上の文章は「奇岩城(4)」の内容に触れています。※
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