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2007/05/02

「奇岩城」探求(附録1) - 県の名前

※以下の文章は「奇岩城(4)」の内容に触れています。※


エギーユへの絡みが薄いのと、翻案について考えてみたいので附録です。扱うのはポプラ社版、講談社文庫版の2つ。補足として偕成社怪盗ルパン選集版にも触れる。講談社版は青い鳥文庫ではなく、痛快・世界の冒険文学とその再刊で講談社文庫に入ったもの。偕成社怪盗ルパン選集は現行の偕成社アルセーヌ=ルパン全集とは別物。改作者の名前はここでは出さないけれど「奇巌城」冒頭比較(続き)に書いてある。


まずポプラ社版から。「奇岩城」探求(その4)で引用したAの箇所とその続きに該当する。

城壁はぐるりと城をとりかこんでいる。その城は三百年も昔の国王ルイ十三世式の古い城館で、やねのとんがった小塔や鐘楼がいくつも立ち並び、その中央に、ひときわたかい、巨大な針のようにとんがった塔が、天をつきさすようにそびえたっている。(ポプラ社文庫版P127-128)

橋のそばまでもどると、牛乳をいれたバケツをさげた農家のむすめふたりにいきあった。
「ちょっと、あの森のむこうのふるいお城はなんていうんですか。」
「あれかね、エイギュイユ(針)の城というのよ。」
「えっ、針の城……」
イジドールは顔色がかわるほどおどろいた。あの暗号文にもエイギュイユとあったではないか。彼はどきっとした。が、なにげないようすで、
「針の城ねえ。へんてこな名だなあ。」
「きっと、お城の塔が、みんな針みたいにとんがっているからじゃないかしら。」
「そして、ここは、なんていう村ですか。」
「クルーズ村ですわ。」
「えっ。」
と、ふたたび彼は目を見はった。
 クルーズとは、空洞という意味ではないか。暗号文にあるとおりだ。エイギュイユ・クルーズ(空洞の針)というのは、この村とあの古城のことだったのだ。(ポプラ社文庫版P128-130)

ここで「クルーズ村」という地名が登場する。これは半分架空の地名だ。というのはクルーズというのは県の名前だからだ。


県の名前ということは、フランスの読者なら当然知っている。シャトールーの南にはクルーズ県があると知っているし、原作のこの場面で「クルーズ県」と出たときはやっぱり、と思ったはずなのだ。むしろ、ここまで少し肩透かしの気分を味わったのではないかと思う。なぜならこの日ボートルレが訪れたフレスリーヌはクルーズ県に属していて、そこからアンドル県に向けての帰路をたどっているから。しかもほぼクルーズ川に沿って。フレスリーヌまで行ってクルーズという言葉を出さずにアンドル県まで戻るのか?と思った読者もいるだろう。

昔の県名や県境は不明なので、ひょっとしたら当時クルーズ県ではなかったかもしれないが、特に問題はない。フレスリーヌは大小のクルーズ川(CreuseとPetit Creuse)が合流する土地として有名だからだ。画家のクロード・モネは1889年にフレスリーヌに滞在し、「クルーズ川の岩場」などクルーズ川を描いた作品を多数残している。クルーズ県やアンドル県を流れるクルーズ川の峡谷も景勝地として有名だった。なおクルーズ川は下流でロワール川と合流する。

Art inn:国立国際美術館の「夢の美術館:大阪コレクションズ」でモディリアーニやセザンヌの名画を鑑賞しよう
http://www.art-inn.jp/tokushu/000190.html
三重県立美術館:クロード・モネ《ラ・ロシュブロンドの村 -夕暮れの印象》
http://www.pref.mie.jp/bijutsu/HP/event/collcata/select2003works/064monet2.htm
三重県立美術館:岡田文化財団寄贈作品集Ⅱ:作品目録
http://www.pref.mie.jp/bijutsu/HP/event/catalogue/okada_zaidan/mokuroku.htm
Indre (departement) - Wikipedia(仏語)
http://fr.wikipedia.org/wiki/Indre_(d%C3%A9partement)


翻訳で次のようになっている。

 「あの木立の向こうにある城館は何というんですか?」
 「あれはね、エギーユの城館ですよ」
 ボートルレはただなにげなくこんなことをきいただけだった。ところが、この返事は彼を仰天させた。
 「エギーユの城館ですって……え!……でも、ここはいったいどこなんですか? アンドル県でしょう?」
 「ちがいますよ。アンドル県は川の向こう側で……こちらはクルーズ県です」
 ボートルレはめまいをおぼえた。エギーユの城館! クルーズ県! エギーユ・クルーズ(空洞の針)! これは、あの紙きれに書き付けられていた謎を解く鍵ではないか! 確実で、決定的で、完全な勝利だ……(岩波P202-203)

当然ボートルレもクルーズ県やクルーズ川、フレスリーヌといった地名を知っていただろうし、ポケットガイドブックを携帯しているのだから、自分がどこを歩いているかおよその見当はついているはずだ。だから自分のいる場所が分からなくて尋ねたのでははない。単なる場所や村の名前ではなく県の名前を尋ねていることからしても、クルーズ県というのが頭にあった。県名を確認するために尋ねたのだ。こういう形で聞いたのは、クルーズという言葉を相手に言わせるためだと思う。単にクルーズ県ですか?と問いかけてもそうですよぐらいしか返ってこないだろう。耳で聞いて確かめたいという気持ちがあったと思う。

ということは、城館の名前を聞くまでボートルレは紙切れのことなど頭になかったというこだ。暗号の紙切れを拾った、それだけ。父の誘拐で頭が一杯で余裕がない上に、紙切れと誘拐を結びつけるような情報がなかったから。城館の名前を聞いて驚き、ここで初めて両者が繋がって「完全な勝利」を錯覚することになる。


ハヤカワ文庫ではボートルレの問いかけが次のように訳されている。

「《針の城》だって…ちょっと待てよ…ここは何県でしたっけ? アンドル?」(早川P169)

「ちょっと待てよ」は原文では「Ah!」。この質問をした時点でボートルレは城館が何県に属するかほぼ確定したうえで発言していると思うので、ニュアンスが違うと思うけれど、この感嘆詞をボートルレが気づいたことを前提とした翻訳しているのは妥当だと思う。


翻ってポプラ社版に戻ってみると、実在の土地であろうが、架空の土地であろうが日本人の子供読者には問題ないのだと感じる。むしろ、読者にとっては知らない土地だから「村の名前」を聞くほうが自然になってしまう。だけど、原作が実在の土地を舞台にした小説であることを失念してはいけない。

蛇足ながらこのシーンでクルーズ=空洞の意味を強調しないほうがいいと思う。クルーズ=クルーズ県とするほうが単純ですっきりするのに。グルーズ県またはクルーズ川という地名は、クルーズという言葉の持つ抉る、彫るという意味が語源でないとしても、空洞という意味が語源である可能性はもっと低いと思う(写真で見る感じクルーズ川は土地を抉るように流れているから)。偕成社アルセーヌ=ルパン全集版もクルーズ=空洞、エギーユ=針を強調しているが原文にはない。たいていの翻訳や翻案では空洞の針という言葉に拘りすぎている。奇巌城という言葉にも。エギーユとクルーズ、クルーズのエギーユで考えるほうが面白いと思のだけど。


次→「奇岩城」探求(附録2) - 誘拐のルート

※以上の文章は「奇岩城(4)」の内容に触れています。※

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