« 「奇岩城の大嘘」とは?(その2) | トップページ | 「奇岩城の大嘘」とは?(その4) »

2006/09/15

「奇岩城の大嘘」とは?(その3)

※以下の文章は「奇岩城(4)」の内容に触れています。※


エギーユには辞書的な意味が複数あるけれど、その1に引用したなかで、特にⅢのロ、ハ、ニには注意しなくてはならないといっている。

まず、ニ(建造物)については、

 ある種の建物、ピラミッド、鐘楼、オベリスクの先端、あるいは先端がとがった一定の物体(ラルース『フランス語大辞典』、一九七一年版)

 の意義があって、『奇岩城』のなかの訳語「エギュイ城」とか「針の城」に該当する。(大嘘)

岩波少年文庫では「エギーユの城館」となっている箇所である。作品から引用すると、

月の光がさしこんだので、ほっそりした尖塔のまわりにするどくとがった小鐘楼が並んでいる城館の姿が見えた。おそらく、針(エギーユ)という名前はこの尖塔のために名づけられたものにちがいない。(岩波P211)

つまり、尖塔(エギーユ)があるからエギーユの城館(ル・シャトー・ド・レギーユ)と名づけられたのだ。この尖塔については「針(エギーユ)を象る尖塔」として建てられたとあるが、「大嘘」によると、原文では定冠詞が付いたレギーユで、もしそれが<針>なら不定冠詞をつけたものか複数形になっているのではないかとある。だからル・シャトー・ド・レギーユは「とんがり御殿」とか「尖塔屋敷」ぐらいがふさわしいのではないか、とある。



次に、Ⅲのハ(地質)について、ラルース『フランス語大辞典』は、
「断崖が後退して残った支柱、(広義で)ある一定の岩の先端」
と説明し、エトルタ尖鋒と、結晶水晶頭を挙げ、『ル・ロベール』辞典は、
「尖った岩」
として、アンドレ・ヂッドの『一粒の麦もし死なずば』の一文を示している。(大嘘)

とあるとおり、この部分がエトルタのレギーユ(大岩)にあたる。ジッドの作品は同時代の用例で、新潮文庫堀口大學訳ではP54に確認できた。


最後にⅢのロ(地理)はというと、

 『ル・ロベール』辞典は、<エギュイユ>の項で、「先端が尖った山の山頂」として、レギュイユ・デュ・ミヂ山の山頂を例として挙げており、(中略)  これらの山は、モンブランの北側と北東側に位置し、事実、四十に近い数の「レギュイユ何々」と名付けられた三、四千メートル級の高峰が、いわゆるフランスアルプス山塊を形成している。ふつう、これらの山を「エギュイユ何々」とも呼ぶが、固有名詞としては定冠詞を付けて「レギュイユ何々」と呼ぶのが正しい。地図などでは冠詞を省略しているが、たとえば標高を示すときなどは必ず冠詞を付けねばならない。

 レギュイユ・ド・グラシエ(三八一七m)
 レギュイユ・ド・クレーフル(三七三九m)
 レギュイユ・クルーズ(八〇m)

 第三番目のものは故意に並べてみたのであるが、つまり、『奇岩城』にエギュイユ・クルーズは限定された固有名詞であって定冠詞laが付き、それがリエジヨンしてレギュイユ・クルーズとなっているのである。こうした呼称の山や岩や塔は、モンブラン付近だけでなく他の地方にもある。(大嘘)

「奇岩城」に登場するエギーユという言葉は実に92%が定冠詞付きです。定冠詞のついているということは固有名詞の響きがあるため、レギーユという言葉を聞いたときに<針>じゃなくて、まず尖った山を想像するのではないかと言っています。山じゃなくても岩や塔かも知れない。それが<針>を意味するなら不定冠詞が付くのではないかということです。



 だから、この小説を原文で読むフランス人は、まず小説の題名を見て、
 ――空洞の先鋒、奇妙な山だな。
 くらいに思い、暗号解読の段階では、無冠詞のエギュイユに<針>を感じ、物語が進展して、ル・シャトォ・ド・レギュイユの場面になると、<尖った鐘楼や尖塔の屋根がある屋敷>を想像し、「針の城」というようなイマーヂュは湧かないと思う。そして、いよいよ話が大詰ちかくなると、尖鋒というのが実は尖った大岩であることが判明する。(中略)
 もともと、エギュイユという言葉は、エギュ(鋭い、先がとがった)という形容詞から派生したもので、語原のラテン語の詳細はさて措き、「針」という語から尖鋒や尖岩という義が派生したのではない。とにかく、山でも塔でも岩でも、尖っているという意義が支配しているのだから、「針のように尖った岩」とするのもよかろうが、最初に針と断定したので、それに引きずられて<針岩>とか<針が空洞>だとするのは滑稽である。(大嘘)

長々と引用してしまったけれど、どれも重要だし要約できなかった。タイトルの「L'AIGUILLE CREUSE」をどう訳すか。作者の意図としてはエギーユという多義の言葉に惑わせたかったわけだから、最終の答えで訳すわけには行かないし、日本語には置き換えられそうにない。タイトルだけじゃなくて各場面のエギーユにしても、それぞれの意味を明らかにして欲しいけれど、でもそれぞれの意味で翻訳してしまうと、言葉の意味や、キーワードとしての連続性が失われてしまう恐れがある。それに、たぶん表面的な理解で終わってしまう。だからこの問題は注釈や解説という形で説明するほうがよいかもしれない。いずれにせよ日本人でも分かるような形で一度「奇岩城」を読んでみたい。


前→「奇岩城の大嘘」とは?(その2)
次→「奇岩城の大嘘」とは?(その4)

※以上の文章は「奇岩城(4)」の内容に触れています。※

« 「奇岩城の大嘘」とは?(その2) | トップページ | 「奇岩城の大嘘」とは?(その4) »

アルセーヌ・ルパン」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/54863/11900593

この記事へのトラックバック一覧です: 「奇岩城の大嘘」とは?(その3):

« 「奇岩城の大嘘」とは?(その2) | トップページ | 「奇岩城の大嘘」とは?(その4) »

案内

サイト内検索
ココログ最強検索 by 暴想

アルセーヌ・ルパン

スキップ・ビート!

鉄人28号

つぶやき

無料ブログはココログ