ラッフルズとルパン
イギリスの作家E.W.ホーナングが書いたラッフルズシリーズは、泥棒を主人公とした小説である。論創社からラッフルズとバニーシリーズとして短編集3冊が刊行されたが、どうにも読みにくくて頭に入ってこず、2冊読んだところで止まっている。3冊全部読んでから書こうと思っていたけれど、書きたいことが溜まったので書いてみることにする。
3冊目「最後に二人で泥棒を」には住田忠久氏による解説がついており、作者ホーナングの略歴や、コナン・ドイルとの関係などに触れられている。それも興味深いのだが、やはり果たしてラッフルズとルパンには関係があるのか?が気になるところである。
ラッフルズシリーズが最初に登場したのは1898年の雑誌「キャッスルマガジン」で、翌年には最初の単行本が出版されている。しかし、ラッフルズシリーズがフランスで翻訳出版されたのが1907年。ルパンの初登場が1905年だから影響がないと考える声や、ピエール・ラフィットが原書で読んでいて、同種のヒーローをルブランに想像させようと思いついたという考えがあるらしい。しかし具体的影響についてはまだ指摘がないようだ。住田氏によればルパンシリーズ初期短編には類似性は見られないが、戯曲には類似点があるらしい。
また、解説に拠ればルパンの肩書き「紳士強盗(gentleman-cambrioleur)」とラッフルズの肩書き「アマチュア強盗(amateur cracksman)」に共通点があるという。ラッフルズシリーズの1冊目「二人で泥棒を」の原題は「The Amateur Cracksman」である。ルパンシリーズの第1冊目「怪盗紳士ルパン」の原題は「Arsene Lupin, Gentleman-Cambrioleur」である。(解説どおり「素人強盗」とすると語弊があるので「アマチュア強盗」とする)
イギリスの国技と言うべきクリケットにはアマチュアのチームとプロのチームがあり、両者が対戦する「ジェントルメン対プレイヤーズ(Gentlemen and Players)」戦(「二人で泥棒を」に収録された短編のタイトルにもなっている)は大変見ものであったという。アマチュア側をジェントルメンといい、プロ側のチーム名をプレイヤーズという。アマチュアをジェントルマンに差し替えれば「紳士強盗」となるというのである。なぜ差し替え可能か。解説では今ひとつ分かりにくかったのだが、イギリスにおけるジェントルマンに付いての知識が必要のようだ。私は山田登世子著「リゾート世紀末」を読んでいて以下の箇所に当たったときなんとなく納得できた。
クーベルタンが理想としたスポーツとリゾートがきり結ぶところ、それは、語の広い意味での≪アマチュアリズム≫である。スポーツ史上よくしられているように、クーベルタンに啓示をあたえたのはイギリスのパブリック・スクールのスポーツ教育であり、そのアマチュア精神であった。
金銭を報酬にせず、勝ち得る目的をただ「栄誉」のみにおくこと。このアマチュアリズムの精神は、たんにスポーツだけでなく、広くヴィクトリア朝イギリスの理想とされたジェントルマンの生活倫理に根ざしている。地主階級であるジェントリーは、経済的富裕を前提に、いかなる職業にもつかず、経済的報酬と結びつかない全人格的な教養と楽しみを身につけるのを理想とした。彼らにとってのスポーツは、このようなエリート階級のモラルを培い、それを世に示す最高の領域であったのだ。アマチュアリズムはジェントルマンのエリート意識と一つのものだったのである。
※クーベルタンはフランス人で近代オリンピックの創設者。
ここを読んでラッフルズだなと思った。パブリックスクール出身でクリケットというスポーツを嗜み、自ら働くことがない(労働者ではない)有閑階級のジェントルマンなのである。しかもアマチュアリズムの体現者である。スポーツとして盗みをやるのがラッフルズの方法で、ときにクリケットに譬えながら盗みを行う。彼の存在が理解できそうな気がしてきた。
閑話休題。アマチュアリズムは、金銭目的ではない故に純粋に勝利を求めるということ。それはジェントルマンであり、ジェントルマンとアマチュアという概念が不可分であるようだ(ラッフルズの時代のイギリスでは、である)。だからアマチュア強盗は紳士強盗なのである。クリケットの「ジェントルメン対プレイヤーズ」は1806年から1963年まで続いた伝統戦であった。辞書によってはこんな意味も載っている。ズバリである。
Yahoo!辞書−プログレッシブ英和中辞典
http://dic.yahoo.co.jp/bin/dsearch?p=gentleman&stype=1&dtype=1&dname=1na
gentleman
…9 ((英))(クリケットの)アマチュア選手.
アマチュアリズム - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%9E%E3%83%81%E3%83%A5%E3%82%A2%E3%8
イギリスの文化と社会―産業とレジャー
http://kks.ed.ynu.ac.jp/sub03/iwakiri/sotsturon-suda.html
さてこの「gentleman」という言葉は英語であり英語形のままのフランス語である。「紳士強盗(gentleman-cambrioleur)」という肩書きは、「アルセーヌ・ルパンの逮捕(1-1)」でショルマン男爵家に残した名刺に書いてあるのだが、雑誌掲載時(雑誌「ジュ・セ・トゥ」1905年7月号)にはなく単行本化の際に追加されている。初出は「ハートの7(1-6)」(同誌1907年5月号)で、その翌月に最初の単行本「怪盗紳士ルパン(1)」が出ている。単行本化にあたりキャッチコピーを「紳士強盗(gentleman-cambrioleur)」と決めて、「ハートの7」を発表したと思われる。しかし、「紳士強盗」の初出は「紳士強盗(gentilhomme-cambrioleur)」の形なのである。ルパンが「金髪婦人(2-1)」でアジト撤収時に壁に書いた署名は「紳士強盗(gentilhomme-cambrioleur)」(同誌1907年4月号)だった。キャッチコピーが先に決まっていて対英国人だから「gentleman」とは書かなかったのかも知れないし、「gentilhomme」にするつもりだったのかも知れない。
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