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2006/03/27

「奇巌城」逢坂剛感想

講談社文庫、2004年8月初版
http://shop.kodansha.jp/bc2_bc/search_view.jsp?b=2748436

この逢坂版「奇巌城」は私がルパンシリーズを再読しようとしたときに所持していたルパンがらみの本のうちの1つである(もう一つは新潮文庫「百年目」)。普段小説を読まなくても読みやすくリハビリには良かったし、ルパンシリーズを読んだことがないという方や翻訳小説読んだ事がない人でも読めると思う。

しかし、「奇巌城」読み比べ(その2)にも書いたが、原作と読み比べてみると不満のほうが大きい。なぜレイモンドが銃を持ち出してきて撃ったのか。原作に明言されているわけではないが「秘書のダヴァルを殺したと思ったから」なのだ。なのに、この逢坂版では殺人が発覚する前に銃を持ち出して撃っているから良く分からない。レイモンドの豪胆さを表したかったのかもしれないが、レイモンドには伯父の財産を守る義理はないし、最低限の情報確認をせずに発砲するほど愚かじゃないはずだ。伯父も自分の財産を脅かす奴は許さぬというような狭量な人物ではなく、尚更レイモンドがでしゃばる訳がわからない。他の女性登場人物も同様に行動に説得力が減少している。原作の女性たちは典型的で目新しい人物造形ではないのだが、その素朴さ故に読んで理解できないことはない。

また、女の子が一人で見知らぬ男の車に乗ってしまうという筋書きは、子供向けというのを忘れているにしてもひどすぎる。好奇心が強そうな女の子ならまだしも、箱入りの子という説明なのにそういうことをするのは理解できない。説明を付け足す場合、ふつうは行動理由や背景を理解しやすくするためだと思うのが、この本では登場人物に付与した性格と行動がちぐはぐで、世界に入りにくい。解消した矛盾点がどこを指すか分からないが、気が削がれるような補足をするなら、矛盾そのもののほうがいい。

複数の翻訳やアレンジを参照し取捨選択して(フランス語の原文は読んでないだろう)自分なりの説明をつけようと思ったのだろうが、結果その創作した部分が浮いている。それに一人称なのに読者の知らないことが出てくるのは変だ。一人称にしたのが読者対象(青少年)と少年探偵の親和性を狙ってのものだとしたら余計にそう思う。


□2006/06/17補足
講談社文庫もたいがいだと思ってたけど、元となっている児童書のあとがきは最悪だった。このかた奇巌城を読んで全く理解できなかったのでは? それをそのまま書くというのは…(児童向けの本のあとがきは読書の入り口であってほしいと思っているので)。フランス語が分かるわけでもなく、児童向けの本を書いているわけでもない方がこういうことをやるという企画の意図が今一分からない。

□2006/06/19
「痛快・世界の冒険文学」版のあとがきで原作が説得力が無いとして何点か挙げている。ヒロインがルパンを助けた理由に説得力が無いとあるのだけど、ルパンが嘘つきだと言うことを忘れている。全国民が読むような新聞紙上で、女性が男性に惚れたのはれたのデリカシーの無いことやってるなあと思ったら…。深窓の令嬢にとってはそんなこと穴があったら入りたいどころか我とわが身を消してしまいたいと思うくらい恥ずかしいことだよ。ましてや相手は犯罪者なんだから。ルパンは本当のことを発表したわけじゃなくて、ボートルレの記事が真実を言い当ててなかったからこそ安心して肯定の記事を書いたんだろうと思う。本当の理由は書いていないのだ。でも助けた理由についてはあたらずとも遠からずだと思っている(むしろ逢坂版を読んで恋人じゃなかったら助けなかったのか? 恋人の家に迷惑を知りつつ侵入したのか?つける薬のない連中だと思った)。

召使が簡単に裏切るのが説得力がないというのも、裏切ったのじゃなくて、ルパンが脅して裏切らせたのでしょ。場合に拠れば暴力も振るったかもしれないし、ルパンなら数分あれば可能だろう。そうしておきながら穢れるとか言って紙幣を焼くなんてめちゃくちゃなのだけど。そういう理解出来なさという恐怖を印象付けて有無を言わせなくする効果をあげているし、穢れたお金をつましい城館に残しておくのに忍びなかったのは本当かもしれない。(このシーンも本好きの女性が本の内容忘れるなんておかしいだろうと思った。忙しくて読めなかったとでもすればいいのに)

もう一つはなんだったか、ボートルレがいきなりルパンの正体を見破って拳銃を撃つことか。これも確かにルパンが怪しい行動を取っているけれど決定打に欠けるというのは確かにある。でも作中の人物が必要としない限りボートルレの推理の道筋が説明されていないというのは一貫していから仕方ないともいえる。でも拳銃は、何度も襲われているのだから持っていていてもおかしくないと思う。ルパンの腕力の程は知ってるだろうし。(ここはどう改変されたか忘れた)。

この3つともはっきり書かれているわけじゃないけど、まったく表現されていないわけでもないと思う。逢坂版が冒頭の視点を変えたのがなぜレイモンドが発砲したかが理解できなかったからだとしても驚かないことにする。レイモンドが発砲したのは強盗殺人犯だと思ったからで、単なる強盗ならば警察沙汰になるのを避けたいという考えのはずだ。少なくとも伯爵がそういう人物だった。だから殺していないと言われて、本来怪我をさせるつもりのない人物に怪我を負わせてしまったことに驚いたのだろう。なぜ誤解したかというと伯爵の言葉からであり、ボートルレはそれと逆に解釈して見せた。そもそも被害状況を確かめもせずに銃に走るなんて信じられない。人のうめき声が聞こえたのだからまず無事を確かめるだろう。もしシュザンヌと姉妹ならレイモンドも真っ先に伯爵に駆けつけたはず。姪だからその地位は従姉妹に譲ったけど心配する気持ちが無ければ客間まで走ってない。何度も読んでいるうちに二人の心情を説明できない分人物配置も行動の順番も動かせないように作ってある事がわかってくる。でもともかく逢坂氏とは反りが合わなかったんだと思う。理解不能な状態でも小説の形に整えられたのは流石だけど、この作品は誤訳問題もあるし技術の無い人が行うのは無理があったのでは。

□2006/07/27
ぐだぐだ書いてしまうのはまだきちんと呑み込めてないからです。が、やっぱりもやもやしてしまう。あとがきについて、そんなにわけがわからなかったのなら何かおかしい、アプローチの仕方がずれてる可能性については考えなかったんだろうか?? 理解不能なことを堂々と書いてしかもその責任を原作に転嫁するっていったいこのシリーズの趣旨は何なのだ? 既に翻訳が出ている本をわざわざリライトするということは子供を本の世界にいざなうためじゃないの? こういうあとがきを載せる必要があったのかとむしろ企画者編集者のほうに言いたい。逢坂氏にも原作に不満があるならあとがきでなく作品で勝負すればいい。ウソを書けとは言わないけれど、合わなかったのなら関係する別の話をすればいい。冒険小説の話でもいいし、推理小説でも映画でもフランスの話でもいいのに。

私が悔しいのは、最初から「奇岩城」の翻訳を複数読んでみようとしていなかったら、手元にあったこの本以外のルパンシリーズを読まなかったかもしれないから。あのあとがきを読んで怖いもの見たさ以外の理由で原作を読みたいと思う人がいるだろうか? 原作は何度か読むうち分かってきたこともあるけれど、確かに読んでも分からなかった点が多かった。でもそれは言語も年代も違うからやむを得ない面も大きいのに。

思うに「奇岩城」は他の作品よりも謎にフランス語の知識が必要とされる割合が高いために、知識のない人が注釈無しに理解することは無理だと思う。そして注釈はない。だから推測ながらフランス語の素養がないと断言できる逢坂氏が担当したのは本当にご愁傷様としか言いようがない。今の感覚からすれば逢坂版の方が分かりやすく読みやすいという意見は当然だと思うから作品自体はこれもありなのかと思うけれど、あとがきはいただけない。

□2006/08/27
逢坂版ではラストでルパンがボートルレをフロックコート姿で出迎えることになっている。でも私はフランスの風俗について知らないので室内でコート??とまず思った。しかも元のハードカバー版ではご丁寧にフロックコートは目上の人を出迎えるためのとか何とか注をつけてる。「モンテ・クリスト伯」ではモンテ・クリスト伯を迎えるために家の主人がフロックコート着替えるシーンがあるけれど時代が違うし、シリーズ中ルパンがフロックコートを着ていたという記述は見たことがない。それに注釈つけないと分からないことをわざわざ書くのはおかしくないだろうか。

原作と違うことを憤るわけじゃないけど原作を批判する上で改作するならより完成度を上げないといけないのに、自分のものにし切れていない。映画化であれ漫画化であれ原作を貶める発言をするのは反則だと思うし、それをすること自体が自信のなさの表れとしか思えない。原作に忠実であることを求められたシリーズではないのだから、好きなように変えてしまえばよかった。たとえば漫画に対する批判で低俗だというのは勝手だけど、その実読み方が分かってなくて理解できていないと言う場合がある。そういう状態に逢坂氏があっても仕方がない。じゃあどうすれば?といえばやはり企画を立てた人がきちんと調査すべきだったのだ。

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