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2005/10/27

映画「ルパン」感想 3

この映画の原作はあくまで「カリオストロ伯爵夫人」。日本でルパンといえば冒険(アドベンチャー)小説というイメージだし、どうしても「奇巌城」や「813」といったキーワードに引っ張られがちだから日本側が戦略に使ったんだろうけど、この作品がいくつかの原作エピソードをあわせて作られたと言うのなら、「王妃の首飾り」の名前を真っ先に出すべきなのに出していないのは表題作ではないことからの単純で俗物的な理由なのだろう(ショルメスがホームズなのと同じく)。

ということはさて置き、映画「ルパン」がかなり気に入ってしまっている。作った方に、ルパン好きでしょーと言いたい。そうでなくては原作がもつ要素をここまでつぎ込むとは思えない。という意味ではルパンマニア向けかも。でも映画は全般的に分かりやすーく撮っているなと言う気がした。原作では言葉による心理劇が多いけど、それをそのままやろうとしても多分できない。だからこういう風に変えたんだなと思うところもいろいろあった。たとえば謎解きのキーワードを視覚化して見せたこともそうだし、モノクルやシルクハット姿もそうだし、ルパンとジョゼフィーヌが一緒に盗みをしているシーンは本来ルパンはあいう盗みはしないと思うけど、コミカルに仕上げてててなるほどと思った。上手く見せられてたかは別として。

原作シリーズのルパンは実は作品によってイメージが違う。これはルパン自身がいろんな要素を持ち、変装の達人で誰にでも成りすますことが出来るというのもあるけれど、一方では別な人物を書こうとしてもルパンにせざるを得なくなったりした面があるからだと思う(「八点鐘」はその典型だと思う)。「カリオストロ伯爵夫人」のルパンは怪盗紳士でも、愛国心に基づいて行動する人間でも野望に燃える人間でもないし、国家警察の人間でも探偵でもない。泥棒だけどまだ怪盗紳士じゃないルパンで、いわば素に近い。映画「ルパン」はルパンの人物像をこの若いルパンに絞っているからこそブレがなくて活きていると思う。

ルパンが単にベル・エポックを生きたというのではなく、普仏戦争後に生まれ、後に第1次世界大戦を生きることになる人物という風に設定されている点も好印象。主テーマ曲を聞いていると、歴史の一部と言うか、昔語りと言うか、叙事詩と言うか、そんな気分になってくる。だからラストも私は好き。終わったと思える最後だった。話から言っても続き様が無いのでは。直接対決する・できるなら15年前に終わっていることだし、このあとに続く話は描けないからこそ舞台を1913年に持ってきたのだと思う。あとルパンの投げフォームが美しい。原作シリーズもアルセーヌ・ルパンとしての活躍期は短く、1900-1912年に集中してその後世間からは姿を消してしまう。そういう意味でもあのラストは合っていると思う。

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